ふつうのくらしマガジン新しい働き方

“こうあらねばならない”を脱ぎ捨てて、まずは一回やってみるといい

自分に自信のなかった私が、「紙芝居屋」になるまで。

紙芝居をするもっちいの写真
地域のお祭りでの街頭紙芝居の様子。演目はやまたのおろち。

「紙芝居屋」
町で出会った朗らかな女性の名刺にそう書かれていたのを見て、とてもドキドキワクワクしたのを覚えている。
子どもたちにレトロな紙芝居を読み聞かせ、バルーンのおもちゃを配り、最近はバルーンアートの仕事も手掛ける、紙芝居屋・もっちい。
以前は「家でごろごろしていた主婦だった」と語る彼女がどうして紙芝居屋になり、地域から仕事を得て、その後次々と活動を広げていったのか。彼女はシングル女性ではないが、その生き方や仕事との関わり方は多くの女性たちのヒントになると感じ、取材を申し込んだ。

紙芝居を持つもっちいの写真
カフェでの取材時にて。アンティーク紙芝居を大切そうに見せていただいた。

――本日はお時間をいただきありがとうございました。人生100年時代、地域から仕事を得るもっちいさんの生き方は、将来の仕事を心配している多くの女性に励みになりそうです。

早速ですが、まず、どうして紙芝居屋になったのですか?

もっちい:ある日、家でテレビを見ていたら、そこで紙芝居師オーディションの告知が流れたんです。日時はまさに今日、これから。まだ間に合う、場所は町田と聞いて、部屋着のまま早速出かけました(笑)。

――早速出かけるって、すごいですね。それまでに紙芝居屋にご関心があったのですか?

もっちい:その当時は新聞記者のアルバイトをしながら、タレント事務所に所属をして、朝のワイドショーの再現や企業のプロモーションビデオ、ドラマの端役などの映像の役者をしていたのですが、舞台で表現をしたいという気持ちがありました。しかし年齢制限でどこも入れず(笑)、ちょうどその時オーデションの告知が流れて、これだ!と思いました。

もっちいの名刺の写真
紙芝居屋の名刺。よく見ると写真にドクロのヒーローが映っている。

もっちい:オーディションでは、『黄金バット』という作品を色んな方々が演じていたのですが、それがすごく面白かった(笑)。ドクロのヒーローの、荒唐無稽のストーリー。そんなストーリーを、20代から80代の大人が自由に何のとらわれもなくそれぞれの個性で演じている。会場にいたすべての人々がお互いを認め合い笑いを共有している。とてもキラキラ輝いていました。その時、紙芝居の世界にすっかり虜になってしまいました。その後、そのオーディションを経て練習会につながりました。

――ありがとうございます。その後のお話もすごく聞きたいのですが…。オーディションの情報を見てから行動に移すまでがすごく早いのにもびっくりしました。

新しいことを始めるのに、ためらいや戸惑いなどは感じなかったのですか?

もっちい:紙芝居師の前職の時や役者をしていた時から、一期一会というか…。チャンスの神様は前髪しかない、今やらなければ次はない、そんな気持ちもありました。役者のお仕事でも「もっちぃさんで」と監督からご指名いただけることもあって、期待に応えたい、経験を積みたいと思っていたところだったので。

――だから、すぐに、このチャンスで歩み出そうと思えた。

もっちい:イエスでもありノーでもあり。ちょうどオーデション時に体調の件もあり、紙芝居師としての自信がなかったこともあり、その時は結局役者も辞め、紙芝居の世界には入らず出産と子育てに専念することにしました。

紙芝居師のオーディションに出た時の新聞記事の写真。
紙芝居師のオーディションに出た時の新聞記事。

では、紙芝居師としてのキャリアはどのように始まったのですか?

もっちい:無事に出産できましたが、やはり表現をしたいと家の近所や幼稚園で読み聞かせをしていました。ただ、子ども向けの読み聞かせにはルールや制限があることもあって…。もっと自由に表現したい…!しかし今は子育ての範囲内でできる表現活動をしたい。でも公園で紙芝居屋さんを一人で始める勇気もない…と、もんもんとしていました。

もっちいデビュー時の写真
「見切り発車的に始めた」という紙芝居師初演時の写真

もっちい:そのうちどうしても「街頭紙芝居を埋もれさせてはいけない、世に復活させたい!」という強い気持ちと、役者時代にお世話になった方々の手前、「このままボランティアでは終われない!」という気持ちが抑えられなくなり、オーデションから5年後、お話会のメンバーの一人とともに、公園のフリーマーケットで、とうとう紙芝居師を名乗り「黄金バット」の紙芝居を公演しました。その時は見切り発車的で、自転車の荷台に段ボールをのっけた台で、衣装も特に派手なものではなく…(苦笑)。

――確かに、今と比べるとすごくシンプルに見えます(苦笑)そして、そこからどうなったのですか?

商業施設での紙芝居公演の写真。
商業施設での紙芝居の様子。この公演もご縁からつながった。

もっちい:その後、公演を観ていただいた方や関心を持ってくださった方のご縁で、地域のフェスタで公演をさせてもらったり、保育園やこども食堂さん、高齢者施設などがつながり、今では商業施設やエンターテイメントレストランなどでさせていただけるようになりました。

――すごい、次々とお仕事が広がっていきますね!何でそんなに仕事がつながるのでしょうか?自分から仕事を獲得しに行かれたのですか?

もっちい: 自分から仕事を取りにいくことはほとんどないです。

皆さんがつなげてくださって今があります。

紙芝居が私を先へ先へと後押ししてくれている感じです。

――本当に次々とご縁がつながっていくのがすごいですね。お人柄にも何か秘密がありそうです。

お仕事を続けるうえで、何か、心がけていることはありますか?

もっちい:わたしは本当に憶病で自信もないのですが、ただ、今出会った人たちに今の自分ができる最大限を提示しようという気持ちではいます。つなげてくださる方にはせめて恥はかかせないようにしたいですし、それで、一生懸命やる姿を見ていてくださる人はいるのかもしれません。

バルーンアートを持つもっちいの写真
取材当日、何と筆者にもバルーンアートをプレゼントいただいた

――つなげてくださる方にはせめて恥をかかせないように、私も心掛けたいと思います。その後の紙芝居師としてのキャリアについても聞かせてください。

もっちい:公園で最初の「黄金バット」をした後、どんどん皆さんが機会をつなげてくださる中、自分のオリジナルのスタイルの紙芝居とはなんぞや?を暗中模索し一人でもがきつづけました。今は紙芝居とバルーンアートをコラボさせたバルーンアート紙芝居を公演しています。

もっちい:バルーンアートはほぼ独学で技術を身に着け、紙芝居とは別に装飾のお仕事をいただいたりもしています。皿回しも玉すだれも独学なので、今後はもっと基礎を勉強したいと思っています。

――今でも素晴らしい公演をされているのに、ますます研鑽に励まれるなんて、頭の下がる限りです。

――紙芝居師としてキャリアを積んでこられて、得られたものは何ですか?

アンティーク紙芝居の写真
記事では割愛したが、アンティーク紙芝居の収集を通じてつながったご縁もあるそうだ。

もっちい:もともと私は人見知りで人前で話せるタイプではないし、絵も苦手、手先は不器用。でも、人から向いてないと言われたり、自分には無理だと思い込んでいた「表現」というやりたかったことに一歩踏み出して、人とのつながりを得ることができました。公演を見てくださった方に、”ありがとう””面白かった”と言ってもらえると、私のほうこそつながらせてもらってありがとうという思いです。

――本当に謙虚なお志で、私も心が温かくなりました。本日は本当にありがとうございました。

最後に、一歩を踏み出せないでいる女性がいたら、どんなひとことをかけたいですか?

もっちい:自分も思考錯誤中なので大したことは言えないのですが、最初から“こうあらねば踏み出してはならない”を脱ぎ捨てていいんじゃないかな。最初は段ボールの箱でもいいので(苦笑)今自分ができることで満足してくださる方はきっといる。次の段階はお客様や応援してくれる人に出会うことによっておのずと見えてくると思うのです。一人一人、誰もが違う個性があって、それは自分自身が思う以上に素晴らしく、輝いて見えているから。

バルーンをプレゼントするもっちいの写真
バルーンのプレゼントには子どもたちも大喜びだ

――「こうでなければいけない」から一歩抜け出したら、いろいろ新しい世界が見えてきそうですね。本日はお時間をいただきありがとうございました。

取材を終えて、もっちいさんの温かい人柄にますます魅かれ、応援したくなった。「つなげてくださる方にはせめて恥はかかせないように」という謙虚な心構え。「自分のオリジナルのスタイルの紙芝居とはなんぞや?を暗中模索し一人でもがきつづけ」たという努力の積み重ねにとても心打たれた取材時間だった。もともと「自信がなかった」という彼女の今に私も多くを学んだ。

紙しばいや もっちい

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